| 国名 | 米領グアム |
| 国土面積 | 549km2 |
| 人口 | 163,941人 |
| 人口構成 | チャモロ人47%, フィリピン人25%, 白人10%, 華人, 日本人, 韓人, その他18%。 (*スペイン統治時代にチャモロ人とスペイン人の混血化が進み現在純粋なチャモロ人は存在しない) |
| 首都 | ハガニア |
| 政治体制 | 住民は米市民権と自治権を有する、議会は一院制。 |
| 宗教 | カトリック教 |
| 祝祭日 | 1月1日 元旦 1月15日 キング牧師誕生日 (*1月の第3月曜日) 2月19日 プレジデント・デー (*2月の第3月曜日 ) 3月5日 グアム発見記念日 (*3月の第1月曜日) 4月6日 聖金曜日 (*イースター前の金曜日) 4月8日 イースター (*) 5月28日 戦没者慰霊の日 (*5月の最終月曜日) 7月4日 アメリカ独立記念日 7月21日 グアム解放記念日 9月3日 労働感謝祭 (*9月の第1月曜日) 10月8日 アメリカ大陸発見の日/ (*10月の第2月曜日) 11月2日 万霊節 11月11日 退役軍人の日 11月22日 感謝祭 (*11月の第4木曜日) 12月25日 クリスマス 12月8日 カマリン婦人記念日 12月25日 クリスマス |
| 歴史 | 【チャモロ人の起源】 グアムの先住民は、チャモロ人と呼ばれる人々です。 その起源については、考古学、人類学、歴史学のいずれも、いまだ納得のいく解答を得られずにいます。 ただし、紀元前1500年頃に遡る考古学的資料からは、古代チャモロ人は東南アジアの諸島から移住してきたインドマラヤ系民族であると推測され、言語および文化的な類似点からもマレーシアやインドネシア、フィリピンとのつながりがうかがえるところをみるとフィリピン、インドネシアを経由して渡来してきたと考えられます。 【古代チャモロ人の生活と文化】 古代のチャモロ人は漁師としても職人としても優れ、自分たちの生活環境に適した独特の住居やカヌーを造り、また複雑な織物や手の込んだ陶器の製作にも通じていました。 また強固な母系社会を形成しており、女性の権力と特権によってチャモロ文化の大部分、言語・音楽・舞踊・伝統などが守り伝えられてきたのです。 【ラッテ時代と先ラッテ時代】 古代チャモロ時代は「ラッテストーン」と呼ばれる石柱が作られていた「ラッテ期(9~15)世紀」と、それ以前の「先ラッテ時代」に分けられます。 ラッテストーンはハリギと呼ばれる高さ1.5~2メートルの石柱の上に、タサと呼ばれる頭石(キャップストーン)がのっているのが特徴で、こけし状の形をしています。 宗教的な意味合いを持つとも、高床式建物の土台とも言われていますが、その実体については、まだ解明されていません。 【マゼラン上陸】 グアム島が初めてヨーロッパと接したのは1521年3月6日とされています。 それは世界一周の航海の途にあったマゼランがグアム島を発見し、ウマタックに上陸したことがきっかけでした。 マゼランはスペイン国王の命による世界一周の航海中、3隻の船団を修理するために3日間、グアム島に立ち寄ったのです。 そこで新鮮な果物や野菜や水を島から調達したマゼランはその対価として鉄を島民に与えました。 まだ新石器時代のような暮らしをしていたチャモロ人にとって、鉄は大きな値打ちを持っていたのでした。 【スペイン統治の始まり】 マゼランがグアム島を発見した後、1565年スペインのコンキスタドール(征服者)であるミゲル・ロペス・デ・レガスピがグアム島に到達し、スペイン国王がグアム島およびその他のマリアナ諸島の領有権を正式に宣言しました。 この時、333年にも続くスペインの統治時代が始まったのです。 【キリスト教の布教】 その時から100年余り後の1668年、神父ディエゴ・ルイス・デ・サンビトレス率いるイエズス会の宣教師団が、ヨーロッパ文明、つまりキリスト教や交易などをこの地に確立するためにやって来ました。 それまでグアム島は、航路の中継地としての領土でしたが、これを機に本格的にスペインに征服されることになるのです。 宣教師たちはチャモロ人に「メイズ」(トウモロコシ)の栽培を教えたり、家畜を持ちこみ、その飼育法や皮のなめし方などを教えたりしたほか、衣服も西洋風に変えさせました。 キリスト教が定着すると、村々ではカトリック教会が活動の中心となったのです。 【スペイン・チャモロ戦争】 近隣の島々へも広がっていったカトリック教ですが、「先祖崇拝」を強く禁止するなど、カトリックの教えがチャモロの伝統的価値観や習慣と相反することがわかると、徐々にカトリックの教えに反発するようになり、1668年スペイン・チャモロ戦争へ発展していきます。 スペインはカトリック教に反抗的な全ての村を焼き払い、酋長を厳しい罰を与えました。 そして1695年チャモロ人が降伏した時、10万人いたといわれるチャモロ人が5,000人以下に減ってしまったのです。 【米西戦争】 1898年スペイン軍によるアメリカ戦艦の沈没をきっかけに米西戦争が勃発しました。 スペイン領であったグアム島もアメリカ海軍の砲撃を受け、同年アメリカによって占領されることになります。 大敗を喫したスペインは多くの植民地を失い、同年パリ条約によってグアムもアメリカの領地となりました。 アメリカ海軍による統治は農業、保健衛生、教育、土地管理、税制、公共事業などに数々の変革や改善をもたらしました。 グアム島はアメリカ海軍の石炭補給および通信連絡の拠点として使用されていましたが、1941年、真珠湾攻撃後間もなく侵攻してきた日本軍の手に落ちることになるのです。 【日本占領時代】 1941年、日本は真珠湾攻撃による太平洋戦争勃発を機にグアムを占領します。 その後31ヶ月間にわたった日本の占領時代にグアム島民は日本の生活習慣を強要されることになりました。 日本軍はグアム島を「大宮島(偉大なる神のいる島)」と、ハガニア(アガニア)は「明石」と改名されました。 この日本軍占領時代を、チャモロ語では「日本の時代」を意味する「テイエイポン・チャパネス」と呼んでいます。 日本軍は歴代の統治者と同様に、島民に日本語を使用することを強制しましたが、チャモロ人がアメリカに対して抱き続けていた忠誠心から、日本語が使えたチャモロ人はほんのひと握りだったと言われています。 またチャモロ人の住居の自由は保証され、住みたい場所に住むことができました。 【アメリカ時代への回帰】 アメリカ軍がマリアナ諸島に向かって反撃を強めるに従い、チャモロ人に対する日本人の態度は日毎に厳しくなっていきました。 島民たちは強制労働をさせられ、島の東部にあるキャンプに集められます。 この意図はわかっていませんが、結果として、この移動が大多数のチャモロ人の命をアメリカ軍の艦砲射撃から救うことになりました。 1944年、アメリカ軍がグアム島に上陸。 数千人ものチャモロ人、米兵、日本兵の命を奪った3週間に及ぶ激戦の末、グアム島は平静を取り戻し、再びアメリカの統治下に入りました。 1950年にアメリカの自治属領(準州)となり、今日までアメリカ軍の太平洋戦略上の基地として活用されています。 【近年】 1967年、パンアメリカン航空が日本から航空路の運航を開始し、これによりグアムに近代的な観光産業がもたらされました。 以来、グアムでは経済の多様化と拡大が続いています。 軍需、観光、および関連産業(建設、小売、銀行、金融サービスなど)の拡大に加え、経済改革もまた島民の雇用に重要な役割を果たすとともに、グアムという世界市民的な社会が期待するビジネスの選択肢も広がりつつあります。 グアムの豊かな歴史的遺産こそが、グアム島の今後の発展の拠り所とすべき枠組みとなっているのです。 |
| 気候 | グアムは、典型的な海洋性亜熱帯気候の島です。 年間を通じて温度変化が少なく、年平均気温は、約26℃という常夏アイランドです。 大きく分けると、乾季(11~5月)と雨季(6~10月)の2季があります。 ただ雨季といっても、日本の梅雨時のように、連日に渡って雨が降るのではなく、ザッと降っては、カラリと晴れあがるスコールの回数が多いという感じの天候です。 この雨季は、グアムの周りで、台風が発生する時(7~10月)でもあり、年間平均降雨量、約2,500mmの約2/3がこの時期に集中しています。 ただ、ホテルやレストランでは、冷房が効いているので、薄手のジャケットやカーディガンを用意しておくと重宝します。 また、グアムの日差しは強いので、帽子やサングラスをお持ちになることもおすすめします。 |
| 時差 | 時差は1時間。グアムの方が日本より1時間先行しています。日本の正午は、グアムの午後1時。 |
| 通貨 | グアムの通貨は、US$(アメリカドル)です。 基本単位は、ドル($)とセント(¢)です。 紙幣は、1,5,10,20,50,100ドルの6種類があります。 色や寸法は全て同じですが、隅に数字が書かれているので間違えることは少ないでしょう。 硬貨の種類は、1,5,10,25,50セントと1ドルの6種類があります。 また、それぞれ特殊な呼び方をするものがあります。 |
| 両替 | ■日本円からドルへの両替 グアムでは、空港、銀行、主要ホテルなどで両替することができます。 場所によりレートが異なり、手数料がかかるところもあるので注意しましょう。 日本では、外国為替の取扱銀行で受け付けていますので、できるだけ日本国内で両替しておくことをおすすめします。 グアムで大きな銀行といえば、グアム銀行(Bank Of Guam)があります。支店やATMも多く、便利に利用することができます。 ■ドルから日本円への両替 使い残したドルは、日本にある外国為替の取扱銀行で両替可能です。 ただし、紙幣のみでコインの両替はできませんのでご注意ください。 グアムでも両替できますが、レートが良くないため、日本国内での両替をおすすめします。 |
| チップ | グアムではアメリカ本土と同様、サービスを受けた相手にチップを渡す習慣があります。 ホテルやレストランで働く人には、心づけ(チップ)は大切な収入源。額面のめやすや、タイミングなどを覚えておくと良いでしょう。 |
| 言語 | 公用語は、英語、チャモロ語およびカロリニアン語。 ホテルには日本人スタッフが常駐するところが多く、レストランやショップ、観光施設でも日本語を話すスタッフがいたり、日本語メニューが用意されている場合が多くあります。 |
| 電圧 | グアムの電圧は120V/60Hz。日本の電圧器では短時間ならほぼ利用できますが、変圧アダプターを用意しておくといいでしょう。 |
| 日焼け 日射病 熱射病 |
常夏の島だけに、強い日差しに対する注意が必要です。 急激な日焼けでやけどになったり、長時間日差しの強い場所にいると、日射病やひどいときには熱射病にかかることもあります。 ビーチではあまり体を焼き過ぎないよう、日焼け止めを使用したり、こまめな水分補給が大切です。 |
| 水 | グアムの水は、石灰質が多く含まれています。 もちろんそのまま飲むことも可能ですが、グアム在住の人もミネラルウォーターを購入することが多いようです。 ミネラルウォーターは、スーパーなどで購入可能です。 |
| けが | マリンスポーツの際には、サンゴで足を切らないよう注意してください。また海中にはさまざまな生き物が自然のままに生息しています。 時には自衛のための針や毒を持つ生物もいますので、素手で触らないようにしましょう。 インストラクターなどの指示に従って、アクティビティを楽しんでください。 |
| 薬 | 一部のホテルや薬局を除き、現地で入手できる薬のほとんどが外国製品です。 風邪薬や胃腸薬、消毒薬など、日本で使い慣れたものを携帯したほうがいいでしょう。 |
| 病院 | ほとんどの病院では日本語が通じませんので、旅行代理店やホテルの日本人スタッフを通して診察を受けるのが一般的です。 海外旅行障害保険に加入している場合は、日本語救急サービスに連絡し、指示を受けましょう。 |
| パスポート | パスポートを紛失した際は、すぐ警察に連絡して紛失証明書を発行してもらいます。 この証明書と写真2枚を持参して、日本国総領事館で再発行手続をとりましょう。短期滞在の場合は、渡航証明書を発行してもらいます。 再発行手続きには、旅券番号や発行年月日が必要なので、控えておくといいでしょう。 |